I INTERPRET LONDON

ロンドン在住の通訳者平松里英のブログ

Month: 5月 2015

“Still Alice” 『アリスのままで』を観て

友人の祖母は、老人ホームで「自力でご飯が食べられなくなったら(安楽死させて)」という指示を生前だしていたらしい。親しくしているアメリカ人の友人の話だ。残された家族には酷な話で、安楽死させる処置をする医師の気持ちもいかばかりか、と考えてしまう。

でも、自分が似た立場だったら、選択肢としてあるのなら、考えないといったらウソになる。
日本ではまだ公開されていないということなので「ネタバレ」でこれから観ようと思っている方々の体験を台無しにしたくないので、詳細は避けるが、映画のなかで、アリスが自分の病気について聴衆に話すシーンがある。そこで、 I’m not suffering, I’m struggling. と語る。
ここのシーン、そしてセリフが私にはとても印象的だった。娘と観ていたのだが、気づかぬうちに仕事のことを考えてしまう。もし、このスピーチの通訳を任されたとしたら、どう対応しただろうか。ここは、ちゃんと意味も背景にあるものも、そして温度も、しっかりと伝えることが大事だ、と感じた。この感動を過不足なく、しっかりと伝えなければならない、と。
『五体不満足』で乙武さんも書いていたけれど、「障害は個性」、と言おうか、「障害は特徴」と言おうか。
(このあたりの考え方ですが、いろいろと意見が分かれるところで、これだけで立派に議論が成り立ってしまうので、ここでは掘り下げることはしません。) 
この1センテンスで彼女は何を言おうとしたのだろうか。
  • suffering  苦しむ、苦痛を経験する、我慢する
  • struggling  もがく、苦労して進む、苦闘する
suffer していないが struggle している。つまり、苦しんでいるのではなく、苦労している。Cambridge Dictionaries On-line によると “a very difficult task that you can do only by making a great effort ” つまり、struggleには痛みが伴うとは限らない。
suffer は否定文や疑問文では「我慢する」というような意味合いがあり、つまり「受身」だけれど、struggle のほうは、上記にあるように「苦労して進む」「努力している」―つまり、「能動的・積極的」である。
どこかが痛いわけではないけれども、(以前は当たり前にできたことができなくなって)ひとつひとつやりこなすのに苦労している、それでも負けじと戦っている(ともすれば負けてしまいそうになるけれど)―ということではないか。
彼女は、痛みや苦しみに絶えているのではなく、もがいている。あきらめず努力を続けている。ほんとうに、自分で考え出した、いろいろな工夫をして努力している。そのひたむきな姿に感動する。
そして、病に倒れたとき、自分はこれほど勇敢で、ひたむきでいられるだろうか、身につまされる思いと同時に、負けるとわかっている戦いでも最後まで全力で戦わなければならないとき、自分はこんな風になれるだろうか。
こんなことを考えながら、亡くなった父のことを思い出した。父のことは思い出すというより、いつも頭のどこかにある。父の病気はアルツハイマーではなかったので、同じではないが、向き合い方がもう少し後ろ向きだった気がする。
ひたむきな生き方、あきらめない生き方は、勇気と精神力、そして体力が必要だ。病気が何であれ、こんな強い生き方ができる自分でありたいと思った。そこまでしてでも戦う価値のある戦いがあると、そのことを改めて考えさせられる映画であった。
(Photo: https://vimeo.com/117595120)

ヒンドゥーの結婚式

以前勤めていた会社の同僚の結婚式に招かれて行ってきました。
ヒンドゥーの結婚式ははじめてだったので、行く前からとってもわくわくしていました!
My dear ex-workmate, always pretty & proper, got married the other day. I was so excited and felt honoured to be invited to her wedding. I went along with another ex-workmate, who is also always well dressed and pleasant.

もう招待状から違います!こんなキラキラで鮮やかな招待状をもらうのははじめて。しかも、結婚式は二日にわたるようでした。あまりにきれいなので、捨ててしまうのはもったいない!記念に、そして素敵な思い出にとっておきます。
When the invitation arrived, I was taken by surprise how bright and different it looked! In the envelope, there were two invitations for separate days. I was simply impressed how beautiful they were. Obviously, I am going to keep these.

期待を裏切らない華やかさと、カラフルさで、もうお祝いの雰囲気いっぱいでした!! もう一人元同僚が招待されていて、仲良しだったので一緒に行きました。浮いてしまうのではないか、と少しだけ心配していましたが、その心配は杞憂に終わりました。

I imagined it to be all very colourful, and truly celebratory – indeed it was! What I loved the most was that despite the fact I didn’t know anyone other than the bride and the other ex-co-worker mentioned above, it felt so comfortable…!! I wasn’t particularly nervous before arrival but I thought it was only natural even if I felt a little out of place. However, my fear was proven groundless.

儀式は、日本よりも、イギリスよりも手が込んでいます。時間も長くかかりました。祭祀が二ヶ国語でお祈りや誓いの言葉を口にするので、通訳が入るとこんな気分なのかな、と思ったりしました。
The ceremony and rituals were different and more complicated than I have seen in Japan or the UK, likewise, it required longer time, naturally. The priest prayed and implemented the matrimony in two languages, one after another – perhaps similar to the situations like meetings with consecutive interpreting.
朝、式場に着いたときは雨降りだったけれど、いつの間にか晴れてすばらしいお天気に!雨の結婚式って、「雨降って地固まる」とか幸せが「降り込む」といって、日本では縁起がいいんですけどね。
It was rainy in the morning, and then it cleared later on, a beautiful blue sky out there. How suitable was that? Rain on a wedding day isn’t a bad thing in Japan, adversity strengthens the foundations, and also it is said that blessings fall upon us like rain. 
天窓から光が降り注ぐ廊下、そして式場全体が天窓がところどころにあってまぶしいくらい明るくて、ほんとうに気分も軽やか、そして華やかにすばらしい結婚式でした。朝から晩まで続くお祝いで、クイズや踊りもこのあと続くということでしたが、私たちは名残惜しいものの、暗くなる前に退散。でもほんとはずっと見ていたいほど、終始興味津々でした。
I loved the skylight. It lifts up my mood, and it changes the atmosphere in an instant, I think. It turned sunny, and it was all bright and cheerful in the corridor, banquet rooms… it was fantastic. Very suitable for such a celebratory day!

日本で言うなら引き出物かな。新郎新婦のイニシャルが二人とも「M」だったので、「M&Ms」が入った小さな入れ物を渡されました。これのキラキラ!おめでとう!これからもお幸せに!!
As we were about to leave, bride’s brother gave us these. The initial for both bride and groom was ‘M’ therefore M & M’s – so sweet!! Such a lovely and sweet small gift. It’s a lovely reminder of the day for us too. Congratulations both of you!!

Everybody, Somebody, Anybody and Nobody の話

Everybody, Somebody, Anybody and Nobody の話って聞いたことがありますか?上の写真の話なんですが、写真だとちょっと読みづらいので下にタイプします。
That’s not my job! 
“This is a story about four people named: Everybody, Somebody, Anybody and Nobody. There was an important job to be done and Everybody was sure that Somebody would do it. Anybody could have done it, but Nobody did it. Somebody got angry about that, because it was Everybody’s job. Everybody thought Anybody could do it, but Nobody realised that Everybody wouldn’t do it. It ended up that Everybody blamed Somebody when Nobody did what anybody could have done.”
まず一文ずつ見てみましょう。
That’s not my job! 
あれは私の仕事ではない!
This is a story about four people named: Everybody, Somebody, Anybody and Nobody. 
これはEverybody、Somebody、Anybody、Nobodyという名前の4人の物語。
  • Everybody(=誰もが)
  • Somebody(=誰かが)
  • Anybody(=誰でも)
  • Nobody(=誰も~ない)

There was an important job to be done and Everybody was sure that Somebody would do it. 
やらねばならない重要な仕事があった。そしてEさんは、Sさんがきっとやるだろうと思った。
つまり
やらねばならない重要な仕事があった。そして誰もが、誰かがきっとやるだろうと思った。
Anybody could have done it, but Nobody did it. 
(その仕事は)Aさんができることだったが、Nさんがやった。
つまり
(その仕事は)誰でもできることだったが誰もやらなかった。
Somebody got angry about that, because it was Everybody’s job.
Sさんがそれに腹を立てた。それはEさんがやるべき仕事だったからだ。
つまり
誰かがそれに腹を立てた。それは誰もがやるべき仕事だったからだ。
Everybody thought Anybody could do it, but Nobody realised that Everybody wouldn’t do it.
Eさんは、Aさんにできる仕事だと思ったが、NさんはEさんがやらないということに気付かなかった。
つまり
誰もが、誰でもできる仕事だと思ったが、誰も誰もがやらないということに気付かなかった。
It ended up that Everybody blamed Somebody when Nobody did what Anybody could have done.
結局、Eさんが、AさんができることをNさんがやったのに、Sさんのせいにした。
つまり
結局、誰でもできることを誰もやらなかったのに、誰もが誰かのせいにした。
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なぞなぞのようですが、深いですよね。One for All, All for One の精神にも通ずるものがあると思います。一人が自分個人のことではなく全体のために力を尽くし、たった一人の命を助けるために全員が尽力する。
考えるたびにその深さに気づかされる大切な教えであり、精神です。重要なことは、往々にして、シンプルな文章で表され、そういうすばらしい文に出会ったとき、感動を覚えます。
最近、女子高校生4人が松葉杖をついている人にぶつかり転ばせてしまったとき、謝るどころか「邪魔なんだけど、もっと端っこ歩いてくんない?」と吐き捨てたという記事を目にしました。さっと、見出しだけを読んだとき、このセリフを言ったのは転んでしまった人の方かと思ったのですが、逆だったなんて・・・。
ここには上記の精神のかけらもない。それどころか、逆転してしまっています!この話が本当だとしたら、誰かがやらなければならない、誰でもできることを誰もしない、それでいて自分以外の人を責めて、自分だけは反省しない人が多い社会になっているということかもしれません。
(ちなみに、私がその場にいたらガンガン意見すると思いますが。)
それにしても、こういうことってよくあるとおもうんですね、残念ながら。自戒の意味も込めて。だから、職業に貴賎はないと思うんです。ゴミを集めてくれる人たちや、下水管をキレイにしてくれる人がいなかったら困る。街で掃除をしてくれている人を見かけると本当にありがたいな、とおもいます。
人間見えないところ、気づかないところでたくさんお世話になっていることを忘れてはいけない。コイツ嫌い、とかアイツ嫌いと思っても、自分の子供が子孫が先へ行ってその人やその人の親戚に世話になるかもしれない。その人の先祖に自分の親や先祖が知らず知らずのうちに世話になっているかもしれない。そういう想像力を失ったら人間は終わりだと思うのです。
取り留めなくなってしまいそうなので、この辺で話を戻すと、上の文章ですが、もちろん、Everybody, Somebody, Anybody, Nobody の使い分けをすっきり理解したい人にも役立つとおもいます。
熱くなってしまいました。今日はこの辺で。

ヴィーガン(Vegan)のための抹茶ラテ

大学院の後輩が授業が全部終わったので帰国前に会いましょうということで、Victoriaのカフェで落ち合いました。
ここはお気に入りのお店のひとつで、WiFiもあり、ボックス席もあるのでちょっとした打ち合わせなどにも使えて重宝しています。
ここのところ他の場所へ行く機会が多かったのでじつはちっとご無沙汰していました。Vegan対応の抹茶ラテ、アーモンドミルクと豆乳から選べるというので、アーモンドミルクを注文。
ところが、人気だったらしくアーモンドミルクは売り切れだというので豆乳にしたのですが、Veganはかなりに浸透してるんですね。最近娘が「お腹に優しくて調子がいいの」というPaleoダイエット。
最初は「それって水着の上からまとうやつじゃないの?」と思ってしまったんだけどけっこう流行ってるんですね。炭水化物がないとか言ってたけど、Irritable Bowel Syndrome (過敏性大腸症候群)の人なんかには、こういうのがいいのかな?
最近、娘のリクエストでPaleoのシリアルのボックスが増殖中。こんどこっそり試してみようかな…怒られるかな。
それにしても、炭水化物の入ってないシリアル=穀物って、可能なんだろうか?

ルクセンブルク -欧州連合司法裁判所 報告 その2 Luxembourg European Court of Justice Report Part.2

 
ロンドン在住通訳の平松里英(rielondon)です。
欧州裁判所の入り口。
今日はEuropean Court of Justice の見学の日!ドイツ語の通訳をしている子とイタリア語の通訳をしている子とパチリ。わくわく‼︎
In front of the entrance to the European Court of Justice. With German and Italian interpreters. So excited!!!
 
欧州連合司法裁判所(Court of Justice of European Union)の一番大きな法廷。通訳ブースがなんと24もある‼対応言語が23あって、いつでもそれら全部の通訳があるわけではないとのことです。裁判所というより「劇場」みたい
The largest court in the ECJ. There are 24 booths (“cabins”) there, to accommodate 23 languages – how awesome!! It felt like a theatre(=exciting) than a court(=boring) ;-D
 
通訳ブースからの眺め。こんな広いブース初めて見た。3人掛け‼”slow down” ボタン 押してみたい‼ちゃんとみなさんいうこと聞いてくれるのかしら⁉️ この違い…あまりの扱いの違いに、知らなかったほうがよかったのか⁉️と思ってしまうほど。知ってしまった以上、知らなかった自分には戻れない❗️
I wish, seriously I wish I could and can one day work in such a booth and use this “slow down” button. I’d love to see how the clients respond.  I don’t mean to experiment with it, but I’d love to see how they would interact with it. 
 
I find truly fascinating the level of awareness in such institutions – so advanced, how well ‘educated’ about interpreting. It shows how vital it is, how much it is appreciated in the ‘community’. People ensure it is done properly and with respect. 
 
と、こう書くと、通訳や翻訳という仕事において、大陸欧州とそれ以外の地域ではいかに違いがあるか、思い知らされます。望むと望まざるとに関わらず、「何なのこの認識の差は⁉️」と。翻訳と通訳という言葉が混同されることは、日本(語)ではないけれど、英語(外国語)ができれば翻訳も通訳もで来ると思われているあたりは、意識の低さ、認識の低さでは依然嘆かわしいと思いますし、英語圏ではよくあるtranslation と interpreting の混同も、まず使い分けている人は、同業者を除くと「いない」と言っても言い過ぎではないほど。
 
Interpreting と Interpretation はどちらでもいいわけではなく、厳密に言うと、欧州では 通訳(すること)は interpreting を使い、interpretation=解釈 とは使い分けられているんですけどね。
 
とにかく、この辺の違いはどうでもいい人が多いなかで仕事をすることが多い私にとって、こんなにも大事にされている、優遇されている環境・設備を目にしたのは初めて。各同通ブースの広いこと!さすがは同時通訳を生んだ欧州。
そして、ここまで来るには、理解を推し進めてきた通訳者たちの多面的な努力があったのだと感じずにはいられませんでした。
Now that I put in words as above, it goes to show that is not what happens in less appreciated settings. I’m sorry to say but that’s far more prevalent, largely in less multilingual regions. It is hard to get across the idea that translation is different from interpreting to start with, where people do not care about these differences thinking “whatever, just translate, will you?” 
 
I couldn’t help thinking there must have been a tremendous amount of effort by both non-interpreters and interpreters to bring both parties together. Making their partnership work, over the years before this beautiful working environment could happen. 
I could feel something certain, in air, that Europe being the birth place, the genesis of simultaneous interpreting. Bravo!!

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