I INTERPRET LONDON

ロンドン在住の通訳者平松里英のブログ

Tag: 異文化

Topic 01: 会話のかみ合わせを左右する 5W1H の黄金ルール

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ロンドン在住通訳者の平松里英(rielondon)です。

今回は、ビジネスの会話、そのかみ合わせを左右すると言っても過言ではない、

ゴールデンルール について、お話しします。
こちら、自分が英語で話す時はもちろんですが、


通訳者が訳す時にも、話し手が心得ていてくれると、

そうでない時と比べて、うんと訳しやすいものなのです。

なので、通訳者に入ってもらうときにも、できるだけ、意識してみて下さいね。

それでは説明していきましょう。

ご存知の方も多いと思いますが、英語には、大きく分けて、

クローズドクエスチョン という、言わば「閉じた質問」と、

オープンクエスチョン という「開いた質問」の二種類があります。

クローズドクエスチョンは、YESかNOで答えられる質問のこと。

オープンクエスチョンは「だれが」とか「いつ」
などの疑問詞が文頭(中)に入っている質問のこと

です。

「5W1H(ごだぶりゅう いちえいち)」

というフレーズを、皆さん
覚えていますか。

中学高校の英語の授業で、必ずや、一度は聞いたことがあるはずです。

  • When(いつ)
  • Where(どこで)
  • Who(だれが)
  • What(何を)
  • Why(なぜ)
  • How(どうやって)

というやつです。

疑問文(など)のあたまに持ってくるやつですね。

頭文字をとって、5W1H と呼ばれる所以ですが、
疑問文を作るだけではなくて、
とても重要な英語のルールが詰まっているのです。

どういうルールかと言うと、クローズドクエスチョンの場合は、
YES か NO、あるいは I Don’t know で答えなければならないということ。

違う言い方をするなら、YES と NO 以外で答えてはいけない質問、です。

至極、当たり前に聞こえますよね。

当たり前のことが当たり前にできてないってことありませんか?

そういうものなんですよね。

で、とりあえず、話を進めます。

では、オープンクエスチョンの方はと言うと、

Who なら「だれ」、
What なら「何が/を」

これらが登場する質問は、それに当てはまる 特定の情報
(いつなら年月、日時など、どこなら場所、誰なら名前など)を抜かさずに
ちゃんと入れて答えることがお約束となっているのです。

WHY なら Because で返答を始める。

そうです。

誰かに「Why △△?」と訊かれたら、

BECAUSE △△△.」と答える

ということです。

これらが、定型。つまり、お約束なのです。

これ、押さえておくことが大事です。

本当に無意識にできていないことが、とても多いです。

くどいようですが、もう一度言います。

相手から質問されたら、思わず答えようとする前に、
まず、

クローズドクエスチョンか、オープンクエスチョンか、

それを判別するようにしてみてください。

前者なら、YES か NO で答える。
それが無理なら、I don’t know で。

後者なら、5W1H のルールに則って答える。

これをきっちりと繰り返し実践させてくれるレッスンがあってもいいと思っています。

英会話のレッスンとして ではなく 話し方のレッスンとかコースとして。

それこそ、英語と言わず、日本語でもOKだと思います。

まずは、反射神経を養う必要がありますから。

いちいち頭で考えないといけないようでは、なかなかうまくいかないと思うので。

スポーツみたいな部分があるので、筋肉に覚えこませる。

反射的に、YES/NO クエスチョンなのか、情報を求められている質問なのか、

反応できるようになると、コミュニケーションの第一段階としては、
グッと分かり合えるようになると思うんです。

実際は、ビジネスの場でも、
クローズドクエスチョンに対して、長々と説明で返答する人や、
オープンクエスチョンに対して、YES!と返答する方は 決して 珍しくありません。

日本語話者に限ったことかといえば、そうともいえない部分はあるのですが、

オープンクエスチョンとクローズドクエスチョンの区別がつかずに、
自分の好きなように返答する人は英語話者の中には、まず いない と思います。

それなりに、学校で English
(=日本語で言うところの国語ですが国語とは呼ばない)
の教育を受けた人であれば、ここがいい加減ということはないはずです。

ただ、分かった上で、説明を加えたり、することはあります。

ルールを理解した上で、ルールを破っている例です。

今回お話ししようとしたのは、そういう上級の話ではなく、

何か訊かれたけれど、適当に答えた、それに対して「あれでよかったのかな?」と

疑問に思わない人もいますよね。

本人は答えたつもりだけれど、

じつは「答えになっていなかった」かもしれない・・・と、

ちょっと意識してもらいたくてこの話をしました。

英語を話すようになって、日本語で話しても、この視点からよくよく考えてみると

何を言おうとしているのか自分自身がわかっていなかった、と愕然とさせられることがありました。

外国語を学ぶとそういう気づきがあるというのは収穫ですね。

この「何を言おうとしているのかわかっていないのかも?」

「え、この情報を入れないと答えたことにならないって今まで考えたことなかったんだけど⁉️」

という感覚は、日本語には、あまりない気がするのです。

相当 意識的に 話している人以外は。

 

英語で会話していて、なんだか話が噛み合わない時は、

(話が噛み合っていないことに、まずは、気づいていただきたいのですが・・・)
これが一因となっていることがあるので、気を付けて、話すようにしてみると、

会話のキャッチボールがそれまでよりもスムーズにいくかも知れません。

英語学習のほんとうに大切な事

英語を勉強するのはなんのため?

英語教育、英語教育…〇日で英会話をマスターとか〇〇メソッドで英語をマスターとか…。

本当にここ数十年毎日耳にしてきた。世間が騒がしくても、全く気にも留めませんでした。

そして時代も変わり、今度はAIが発達して外国語学習の必要がなくなると。外国語学習するのには時間がかかる。人間よりも機械の方が効率が良いし速い。その通りだと思う。AIに「通じやすい」話し方を習得するほうが速い。そうでしょうねぇ。そりゃ自分も慣れんといかんな、と。

 

時に、ひとつ・・・

「あれれ?」重要なことがすっぽり抜け落ちているのでは?

外国語を習得すると何が違うのか。

「世界が広がる」ってよく言われるけれど、どういうことかというと、

世界が増えるんですよ。

Universeが多層になる。

 

その言語を話す人たちの発想がいかに自分の母語と異なるか。

「へぇ!そんな考え方があるんだ!」と、すぐに感動できる(=良さがわかる)こともあれば、

「へ?」(=なんでそうなるの?)ということもあるし、

「え゛それって変じゃない⁉︎」(=その意見には反対だな、どうやったら前向きに伝えられるかな)など。

 

それが、異文化理解(良さがわかる、楽しさがわかる、違いがわかるという意味で)になる。異文化理解を通して人間の深さが増す。

人としてもっと自由になるんです。「アハ」現象が増える。人生を様々な角度から見られる。悩みのちっぽけさに気づける(自分を救う)。

 

TOEICの点数よりも、こういうことが大切なんです。

外国語学習は、TOEICの点数よりも

「いろんな生き方があることを人と出会うことを通して知り、自分が解放されて生きやすくなる」

とか

「この国には日本では当たり前の〇〇がない!じゃあ、こうやったら〇〇できるんじゃないか。これなら自分でもできるぞ!」

と発見するとか、そういうことが大切なんです。

 

英語コーチングを主催されている Emiさんも、ご自身のブログの「資格依存」という記事で書かれていますが、

外国語は、資格を取ったぐらいでできるほど簡単じゃない。

ナメてもらっちゃ困る。

 

そう。資格は資格でないよりはあった方がいいでしょうけど、別物です。

 

たとえ、TOEICが満点だったとしても、会話がかみ合っていないのに気づかない。気づけない。

このへんのスキルはいわゆる外国語「4技能」には入っていませんが、大事です。

 

「なんか変じゃない、あの日本人?

話が噛み合わないんだけど…。」

 

相手は「今の受け答え、私の質問の答えになっていないなぁ」なんて思っているかもしれないわけです。

本人は「自分の英語完ぺきだったもんね!」と思っていても、そんなコミュニケーションかもしれないわけです。

英語だけ見たら文法的にも表現的にも正しくても、肝心のシチュエーションに合っていないとか、もっと言ってしまうと、間が悪かったかもしれない、とか…。

 

KY

空気って読み物ではないと思うのですが…。

日本独特のものと思われている節があるけれど、海外の方がむしろ当てはまるくらいだと思います。

次のようなパターン。

ことばとは直接関係のないマナーの話かとも思われるのですが、

急いでいる相手に、急いでいることにまったく気づかず話しかけてしまい、

「How are you? I’m fine thank you!」

なんてやってしまったりすると、話しかけられた本人にしてみれば、

 

(私が急いでるのが分からないのかなぁ?)

(でも返事しないと失礼だから返事しなくちゃ、もう!)

 

と心の中で思っていたりするのでしょうが、

 

それでも自分に話しかけてくれている人に、

 

「話しかけてはいけないところを話しかけてしまった!ごめんなさい!」

 

と思わせてしまうこと、それ自体が失礼なので、当然、やんわりとやり過ごします。

そして、やり過ごされかたが優しいので、急いでいる人に話しかけたご本人は 迷惑だったことに気づかない ことも。

空気を読んだために「特定のことばがおいそれとは発せられない」だけでなく、空気を読んで「さりげなく席を外した方がいい」と察したり、「落ち込んでいるなと思ったら」忙しくても立ち止まってフォローしたり、そういうことを「しなきゃいけない雰囲気」みたいなものは、英語圏でも、いや英語圏であればこそ(じつは英語圏でなくても)間違いなくあります。

 

外国には本音と建て前はない…

「本音と建て前があるのは日本だけ」

なんて思う向きもあるようですが、

それは違います

 

緊急性・必要性

それには、外国に行って人と語り合いたいと思っても、言葉がないと始まらないですよね。だから現地の言葉を学習したいと思うわけです。必要に迫られて。

その必要性がない人に必要性を感じろといっても無理。その必要性を感じるような機会やきっかけを作り出すことはできませんか?兎に角、本質が失われていると思いますね。

それは、単に入力したら現地の言語で出力される以上の体験。それには、その言語に詳しくなっておけば、俄然面白くなる。言葉がわかるかどうか、とは、その言語を話す人たちの文化の豊かさを共有できるかどうか、その岐路に立つ問題です。TOEICの点数とは別の次元にあります。

「形から入る」功罪

そこを見失ってしまうと、なんのために勉強しているのか、なぜ英語の習得が大切なのか、外国語の習得が大切なのか、わからないまま、わけのわからない方向に突き進むことになります。形から入るのも、それはそれでいいと思います。いいのだけれど、本質は自分の中で明確にしておかないと大きく間違えてしまいます。

 

ページの右下、チャットで質問にお答えします。

 

 

Photo: http://tabippo.net/keep-studying/

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